アゼルバイジャン国民の生の声(ラヒッチ)

首都バクーを後に、Dちゃんが教えてくれた「鍛冶職人がいる村・Lahic」に。←読み方は現地では「ラヒッ(?)」って感じだったので「ラヒッチ」なのか「ラヒック」なのかよく分からず。
ここへ行くのはバクーからの直通バスが無いので、方法は2つ。若干面倒くさい。

①ラヒッチ近くの町「イスマイリ」のバスターミナルからバスに乗り換える。
※この場合バスタータナルまでタクシーで行かないといけない可能性もあり。
②バクー~イスマイリ間にあるラヒッチへ行く分岐点の道で降ろしてもらい、そこからタクシーで行く。
とりあえずラヒッチに行きたいということは伝わっているので、マルシュで降ろされたところで考えよう。
降ろされたのは②の分岐点の道だった。多分。スマホが無いからはっきりとは分からない。
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タクシーが2台だけ停まっていて、内1台は現地人が予約していたタクシー。彼女達はラヒッチの村ではなくおばあちゃんの家に行くとのことだったので乗れず。(一応おばあちゃんちに一緒に行ってもいいか聞いたけどダメだったw)
タクシーは村まで10マナトと言ってきたけど、シェア出来る人もいなかったので1人では高い。が、ちょうどアゼルバイジャンの休日である金曜日に来たせいか、ラヒッチに向かう家族連れの車が沢山目の前を通っていたので、それを狙ってヒッチハイクを敢行。
ただ日本のようにファミリーカーでは無く普通のセダンなんかに家族がパンパンに入っている場合が多いので、意外と車は停まらない。ものの、ヒッチハイクを始めて10分くらいでラッキーなことに、ちょうどマルシュ(乗合バン)が通りかかった。
どっかの町から来たラヒッチ行きのマルシュだと思って車を止めて乗り込むと、、若い女性と男性が数人乗っていて、明らかに乗客のテイストが普段のマルシュとは全然違い、結果マルシュではなく普通の家族が乗った車だった。
お母さんが英語を少し話せて、ラヒッチまで乗せて行ってくれることになったのだけど、車はオフロードの山道をぐんぐん登る。。。
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またしても一体私はどこにいるのか(;・∀・)
いや、「村」というよりもはや「山」なんやけど・・・;
どうやらここでピクニックして昼食を食べてから村へ向かうらしい。良かった。
マルシュにしか見えない自家用車↓
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夫婦と子供2人の4人家族+甥姪で総勢10人以上?
ランチが入ったバスケットとスイカ何玉かをそれぞれが分担して持って、昼食を食べるポイントまで移動する。
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家族にとってのお気に入りスポットでもあるのか、川も渡ってどんどん進む。
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どんどん進む・・・。
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どんどん・・・。
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おぉ・・・絶景。
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そしてどんどん・・・?
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結局ランチを食べずに、車がある場所まで戻ってきた。
なんじゃそりゃ(;´∀`)
どうやら家族は「見晴らしが良くかつ日陰がある場所」を探していたらしいけど、ちょうどいい場所が無かったよう。30分くらい山道を登って、デカいスイカを抱えているコもいたのに何だったんだこの苦労;(車はカギがかからなかったので、私もPC等電子機器、貴重品一式が入ったサブバックを背負っていたのでそこそこしんどかった)
この場所は現地人のキャンピングスポットらしく、テントを張ってご飯を食べている人も多かった。結局ランチは後に、先に村を見学することに。
鍛冶職人の村「Lahic(ラヒッチ)」


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鍛冶職人がかつてこの村に沢山住み、彼等がつくる銅製品で栄えた村。栄えたといってもそこはまぁ山奥の村なんだけど、今は観光地として人気があるよう。
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石畳のきれいな道に、お土産屋となった石造りの家が両側に並ぶ。
私の想像していた「村に銅を叩く音が響く村」とは全く違うかったので、少し残念だったものの、村の雰囲気は悪くは無い。
お土産屋さんに売っていたキャンドルカバー(?)かわいい。
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ほとんどがお土産屋さんになっているけど、鍛冶場がそのまま残っている場所もある。
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ただ、イラン人家族はここは興味無さそうにスルー;
 
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細かい細工の大皿やポットは結構凄いんだけどな~。
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つい買ってしまったラヒッチと全然関係無い、金貨を抱えた羊のマグネット。
なぜ金貨を持ってるんだろう・・・。
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村を見学した後、もと来た道を車で戻り、途中の道端の草原でランチを頂く。イランでは何度もご飯を頂く機会があったんだけど、思い起こせば全てチキンだった。そしてアゼルバイジャンでも再びチキン。この辺りでは「ピクニックで食べるもの=チキン」なのかなぁ?チキンはそれ程味付けせずに簡単に焼いたものだけど、ナンと一緒に美味しく頂く。
車はだいぶイスマイリ側まで戻って来ていた。
本当はラヒッチの宿で泊まる予定だったけど、そこまで戻るのも申し訳無いので分岐点で降ろしてもらうことに。一応家に泊まれないか聞いてみたけれど、彼女達はこの後バクーにいるおばあさんに会いに行くとのことだったので無理だった。
帰りの車中、家族や仕事のこと、今まで行った国のことだとか楽しく話していたのだけど「アゼルバイジャンの後はどこに行くの?」という質問に「ジョージア、アルメニア・・・」と答えた瞬間、漫画の「ピキーン」という効果音が浮かんで見えたかように、一瞬にして車内の空気が凍りついた。
アゼルバイジャンとアルメニアは隣国ながらも昔から「ナゴルノ・カラバフ自治州」を巡っての領土問題があり、今年(2016年)にも紛争があって4月に一応は停戦宣言された、というのは知っていたのだけど。




「何でアルメニアなんて行くの!?」


「あんな野蛮人ばかりいる国なんて危ないよ!」


「知ってるか!?この間の紛争で50人も人が殺されたんだぞ!」


「アルメニア人は、子供も女性も老人も、容赦なく殺すんだ!」


「私達の土地を奪おうとしてるのよ!」
ここまで車内がヒートアップするとは思わなかった。あまりにもみんなのすごい剣幕と、本気で心配している奥さんに押されて、つい「分かった!行かないよ!」と言ってしまった。(まぁ行くけど)
この手の話にヒートアップするのは大体どの国でも戦争経験者である年配の人なんだけど、甥や姪つまり20代の若者も一緒に言ってきたことに驚いた。
後でこの領土問題を調べると、比較的アルメニアが仕掛けているような内容が多かったので彼等が怒るのも無理は無いのかもしれないけど、戦争なんて片方だけ絶対的に正しいなんてことはまず無いと思う。ナゴルノ・カラバフは現在はアゼルバイジャン領とされているけれど、実際アルメニア人が多く住むことから、州としてはアルメニアへの編入の声が高いそう。もし住人もアルメニア側がいいと思っているなら、無理やり領土を取ろうとしているのはアゼルバイジャン側なんじゃ・・・?と思ってしまう。(ちなみに「50人殺された」というのは正しくは「双方の死者55人」で、ほとんどが兵士だった。)
ちなみにこのナゴルノ・カラバフ。
「ナゴルノ・カラバフ共和国」として独立宣言をしているものの、晴れて?未承認国家となっている。この国を国家として認めているのはアブハジア、南オセチア、沿ドニエストル・・・って全部未承認国家やん!未承認国家が未承認国家同士で認めてるってウケるw
とにかく「戦争なんてどっちも悪いよ」と言ったところで更にヒートアップするのは目に見えているので適当に話を終わらせて別れた。この後も悪口を言う人に会ったので、この家族に限らず、本当にアゼルバイジャンとアルメニアは国同士だけでなく国民同士も嫌い合っているのだなぁと思った。
私のカメラを触りたがる家族の子供。
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実際戦争を体験していないこの子でも、大人になったらアルメニア人を嫌いになるのかなぁ・・・と思うとちょっと悲しい。
車に乗せてもらった分岐点で降ろされ、宿がある(らしい)イスマイリに行かなければならないんだけどさてどうするか、と思っているとタクシーのおじさんが声をかけてきた。やはり1人だと高いので「マルシュかバス無いの?」と聞くと、おじさんがイスマイリ方面に向かう車をヒッチハイクして止めてくれた。結局この幹線道路はシェアタクシーも通るらしく、おじさんが止めてくれたのはシェアタクシーで、イスマイリまで1マナト(約60円)と安く行くことができた。
中央アジア以来、人を小バカにした上から目線のクソみたいなタクシードライバーにしか出会ってなかったので、これには久々に感動した。シェアタクシーは上にタクシーマークがついているものの、普通のタクシーと見た目は同じなので、自力では捕まえられなかったかもしれない。おじさんは1円の得にもならないのに、ありがとうと心から思った。
タクシーにイスマイリのバザール近くで降ろされたものの、どこに宿があるのかはサッパリ分からない。その辺にいた人に「ゲストハウス、ホテル」と聞くとざっくばらんに「あっちだ」と何も無いまっすぐな道路を指さされる。しかし誰に聞いても同じ方向を指差すので、この町に宿は1軒しか無いのだろうか・・・と不安になる。かなり辺鄙な町だったので、こういう場合高級ホテルか小汚い中級ホテルが1軒のみ、というのはよくあること。中級ならまだしも高級ならすごく困る。。。
とにかく選択肢も無いのでみんなが指差す方向へ歩き出すと途中、居酒屋?の前にある仮設テーブルで生ビールを美味しそうに飲んでいるおっさん連中がいたので、我慢できずに一緒に1杯飲む。1杯1マナト(約60円)。安っ。
おじさん達はどこからか英語が話せる若者を数人連れて来たんだけど、彼等が自分の名前を「タブリーズ」「テヘラン」と、イランの都市の名前を名乗るので初めは茶化されているのかと思ったけど、身分証明書を見せてもらうと本当にそういう名前だった。アゼルバイジャンでは結構多い名前らしい。元々ロシア領だったのに、イランの名前を取るのはやはり同じイスラム教だからだろうか。
タブリーズと名乗る男が言う。


「俺はここで教師をしているんだけど、もし日本で教師をするとしたら給料はどれくらい貰えるんだ?」


「う~ん、正確には分からないけど1ヶ月20万円くらいは貰えると思うよ」


「20万円!?俺の給料は1ヶ月で2万円だぞ!」
と、彼はかなりショックを受けていたけど、1ヶ月2万円か・・・そりゃ驚くわな;
彼が可哀想になったので、とりあえず「でも物価も高いよ。このビールも日本で飲むと400円くらいはするよ。」というと、またしても驚いていた。
結局その内の1人がタクシードライバーだったので、1マナトで宿まで連れて行ってもらうことに。
タクシーで数分。恐らくこの町に1軒しか無い宿は、小汚いモーテルだった。
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部屋もシャワールームも汚いけど値段は思ったほど高くなかったので良かった。(それでも値引き交渉をする私w;)
しかし。


「あれ?おじさん、この部屋カギが無いよ」


「ノープロブレム!(大丈夫だよ)」
出たよ・・・。
アゼルバイジャン入ってからしょっちゅう言われるこの言葉。(インドも多かったけど)ほんと英語話せないのに、なぜかみんなこのフレーズだけは言えるようで。
いやいや、アンタは問題無くても、私にとっては問題だから!と何度言ったことか。とにかくこっちの人は自分に問題無ければいいのか?


「いや、私にとっては問題だから部屋変えてよ」


「ノープロブレム!誰もモノを盗む人はいないよ」


「いや、とにかく私は不安だから部屋変えてよ」
・・・というやり取りを何度かした末に後で分かったのは、カギが付いている部屋の方がむしろ少なく、既にそこが満室。結局この管理人(オーナー?)が使っているカギが無事な部屋と交代してもらった。
しかしトイレにもシャワールームにもカギは無かった(-д-υ)
唯一救いなのは、外に出ると木が茂る庭にテーブルとイスがあり、鶏(七面鳥?)が沢山うろうろしていて所謂「モーテル」的暗い雰囲気はあまり無いこと。朝チャイも出してもらえた。オーナーもまぁ悪い人では無いよう。
宿近くにあったモニュメント。
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城壁みたいなものもあったけど何だか新しそうなので、最近造ったものなのかな?
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果物屋さん。
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このおっちゃんなのに仲良し♪な感じがすごくかわいい。
少しこの町もウロウロしてみたいと思ったけど、着いたのも夕方で疲れていたので結局何もせず。

バクーからラヒッチへの行き方

①市内~バスターミナル メトロ 0.2マナト
旧市街からは「Memar Ajami」で乗換、「Avtovaghal」下車。「International Bus ターミナル」出口を出てエレベーターで3階に上がったところに乗り場がある。
②バクー 9:10発~ラヒッチ分岐点 11:45着
マルシュルートカ 約2時間35分 5マナト
※「イスマイリ」行のマルシュ。「ラヒッチ」と伝えておく。
③分岐点~村まで
私はヒッチハイクしたけど、タクシーもいる。言い値は1人だと1台10マナト、シェアタクシーだと÷人数、といった感じで3~5マナトくらいとのこと。
●分岐点~イスマイリ
シェアタクシー 1マナト
※そこから宿まではタクシーで1マナトだったけど、モーテルは幹線道路沿いなので、最初からシェアタクシーに写真を見せて「イスマイリ・モーテル」と言っておけば近くで降ろしてくれるかも。

ISMAYILLI(イスマイリ/イスマユル)の安宿



「MOTEL」


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シングル:12マナト(←14マナトから交渉)
WIFI:無し(宿横のカフェで使えるらしい)
共同ホットシャワー、キッチン無し、お湯はもらえる。
※カギが無い部屋が多いので要確認。全体的にボロいけどシーツはきれい。
(2016.8.5~1泊)

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