ヨハネスブルグのスラム街?ソウェト(Soweto)ツアーに参加!

南アフリカ ソウェト

何かまたワードプレスの形式が変わってる・・・;
スマホで閲覧の方、ブログ内でのキーワード検索は新着記事の下に移動してます。
このブログはFC2ブログから移行したので、過去の記事も改行とかリンクとかの修正が終わってないので読みづらくてすみません。人気記事から地道に徐々に修正していきます。

そしてこの記事、途中で下書き保存する予定だったのが公開にしてしまいました。追記しているので、一度読まれた方、ヒマな時にでも続きをどうぞ~。

 
多少のトラブルがありつつも(前回の記事)何とかヨハネスブルグのゲストハウスに辿り着いた私とキムさん。
到着してすぐ、事前に予約しておいたゲストハウス主催のツアーに参加します。
今回のツアーはこちら!

「SOWETO TOUR(ソウェトツアー)」

ソウェトとはかつてアパルトヘイト時代に黒人専用の居住区として指定された地域。現在は黒人専用とはなっていないものの、そのまま住み続けている人もいるため断然黒人さんが多い。
こういった旧黒人専用地区のことを「タウンシップ」というのだけど、私は実際その場所に行くまでは「ソウェト=スラム街」のイメージだった。何ならヨハネス自体がまるっとスラム街のイメージだったので、それはまぁ怯えていた。
ヨハネスからソウェトまでは車で3、40分の距離なのでバスか電車なんかもあるだろうけど、生憎スラム街を自力で歩くほどの好奇心は持ち合わせていなかったのでツアーに参加することに。

ゲストハウスから他の参加者と一緒にミニバンに乗って出発!


 
到着。

sowet

ここはソウェトの中でも昔からある町とのこと。
どこも未舗装路で、民家のほとんどは壁も屋根もトタンでできている。アフリカと言えど冬は寒いので、ここでの冬って心配。。。

子供たちが遊ぶ広場にはゴミ溜まりのような場所が沢山ある。

 
南アフリカ ソウェト

 
共同の仮設トイレも沢山あるのだけど、ガイド曰くこれでも足りてないらしい。

仮設トイレ

 
南アフリカ ソウェト

ただ町に入ってすぐ、自分の先入観というものがあっさり覆された。
行く前からスラム街=暗い、怖いというイメージだったから、人間も覇気が無い、怖い感じを思い描いていたのだけど、通りすがる人みんなフレンドリーで挨拶してくれたり、手をふって笑いかけてくれることに非常に驚いた。

特に子供達!
ツアーだから外国人は何度も訪れてるはずなのに、私達に対してすごく興味深々で手を降ったり、ゾロゾロとついてきたり、写真撮ってとせがんできたり・・・何よりみんな笑顔!

 
カメラを向けると笑ったり、ポーズをとるコも多い。

南アフリカ ソウェト

 
南アフリカ ソウェト

 
南アフリカ ソウェト

 
南アフリカ ソウェト

 
南アフリカ ソウェト

 
南アフリカ ソウェト

 
ぞろぞろとついてくる子供達。

南アフリカ ソウェト

 
ソウェト

 
小学校。

ソウェト

突然の「抱っこ!抱っこ!」攻撃で観光客もたじたじ。

ソウェト

 
ソウェト

 

子供と楽しく触れ合っているように見えますが、実際はカメラを落とさないように必死ですw;

 
ソウェト

 
幼稚園。

ソウェト

 
ガイドさんは子供達に大人気!

ソウェト

この後みんなで歌を歌ってくれたのがめっちゃ可愛かった(*´∀`*)

 
ソウェト

 
ソウェト

本当に何かイメージしていた「スラム街」とはかけ離れていて驚いた。
まぁ観光客が来れるような場所だからタウンシップの中でも比較的整備された安全な地区なのだろうけど。

 
タウンシップを後にし、バスが次に向かったのは「ヘクター・ピーターソン博物館」

へクターピーターソン博物館

 
さてさて、ここからは少し歴史のお勉強です(`・ω・´)
興味の無い方はすっ飛ばして頂いていいですが、読んで頂くとちょっとうんちく増えますよw

このヘクター・ピーターソン博物館は、1976年に起きた「ソウェト蜂起(ほうき)」にまつわる重要な場所なのです。

~ソウェト蜂起(ほうき)とは~
ソウェト地区で発生したアフリカ系住民(黒人)による暴動事件。

1976年、黒人を隔離するアパルトヘイト政策を敷く南アフリカ政府は、学校でアフリカーンス語の授業の導入を決定。
(※他民族国家の南アフリカではズールー族はズールー語、ソト族はソト語、などとその部族ごとの言語を使用していたが、オランダ語から派生したアフリカーンス語は白人が使っていたため、黒人にとっては「白人支配の象徴」と見なされていた。)

全ての黒人の学生がアフリカーンス語を学ぶこと、および中・高等学校での数学、社会科学、地理学と歴史をアフリカーンス語で教えることを強制したため、特に学生達の間に激しい反発が起こり、数週間に亘って黒人学生が授業をボイコットする事態に発展していった。

同年6月16日、ソウェトでは学生たちが「アフリカーンス語強制」に反対する抗議集会とデモを展開。それに対し警察隊が出動、催涙ガスなどを使用して鎮圧を試みるがデモ隊は投石で応酬。これがきっかけとなり暴動が発生、黒人学生1万人と警察隊300人が衝突。500人が死亡、約2000人が負傷する流血の惨事が発生するに至った。

その最中に一人の白人警官がピストルを抜き発砲したことでパニックと大混乱が起こった。学生が金切り声を上げて走り始めると、さらに発砲された。最初にヘースティングス・ヌドロフ、次に13歳の子供ヘクター・ピーターソンが撃たれ、その後も病院に搬送された子供たちのほとんどすべてが銃弾傷を受けていた。

(参照:Wikiソウェト蜂起

 
13歳という若さで命を失われてしまったヘクター・ピーターソン。
彼の名前がつけられたのがこの博物館であり、現在はアパルトヘイトを知るための展示がされている。

博物館の前には記念碑が。ちょうどこの場所が銃で撃たれたヘクター少年の遺体が運ばれた場所とのこと。

 
警察に射殺されたヘクター少年の実際の写真。

ヘクター・ピーターソン

一緒に写っているのはヘクター少年のお姉さん。自分の兄弟がいきなり死んでしまうなんて、考えただけで胸が痛みます・・・。
ジャーナリストが撮ったこの写真がきっかけで、アパルトヘイトの残忍さが全世界に広まり、アパルトヘイトが終焉に向かったそうです。
昨今の日本でもジャーナリストが危険な目にあい、それを批判する人が多いけれど私は批判者達の神経が全く理解できません。彼等が命をかけて真実を伝えてくれているから、こうして多くの人が救われるのに。見たくないものは見ない、そんな人が多いからいつまでも戦争は無くならないのだと思います。

まぁそんなこと書いてもこの博物館、入らなかったんですが(;´∀`)
いや、行きたいのは山々だったのだけどツアーに入ってなくて;これがツアーのつらいとこ。

 
その後は私が超リスペクトするマンデラ大統領の家を通ったりしながら町を歩きます。
マンデラ大統領については、後日更新予定の「アパルトヘイト博物館」の記事で詳しく説明しようと思います。

 
これはかつて使われていた火力発電所の冷却塔。現在はバンジージャンプなどできるアトラクションスポットとなっています。

火力発電所

冷却塔と言えばベルギーで行った「廃墟の女王・シャルルロワ」を思い出すのですが、残念ながらまだ記事を書けていないので廃墟好きの方、気長に楽しみにしておいて下さい♪マジであそこは凄かった!と言うより怖かった;

 
ソウェトの町にはこういったメッセージ性のあるアートが沢山あります。

ソウェト

 
soweto

 
やっぱりフレンドリーな子供達。

soweto

 
洗車屋さん。

soweto

何でこんな看板なんだろう。怖い(;´Д`)

 
ランチを頂く場所は大衆居酒屋。ちなみに無許可で営業するもぐりの酒場を「シビーン」というらしい。
そしてランチの写真が無いのはあまりにもしょぼかったため;ソウェトで昔食べられていた伝統料理と言われていたのだけど、ふっつーのパサパサしたサンドイッチだった(;・∀・)

地ビール「ジョバーグビアー」。

ジョバーグビアー

「ヨハネスブルグ(Johannesburg)」はアフリカーンス語なので、現地の黒人さんはみんな「ジョバーグ」と言います。

ぬるい地ビール・・・。味は何というかまぁ、、、美味しくないです(゚∀゚;)
ナイジェリアやナミビア、レソトでも違法の手作り地ビールをちょっと飲んだけどどれも「それ」の味がする。通常のビールを更に発酵させたような「キリッ」とは程遠い「ぬめ~」っとした感じ笑

というか、ペットボトルに入ったビールは見たことあるけど、紙パックのビールは初めて見たよ。ここでよく飲まれる一番大衆的な安いビールとのこと。

私達ツアー客がわらわらと入る前に、普通の地元のおじさんが昼間から一杯やっていて、そのまま私達の中に紛れ込んでいたのがちょっとおもしろかったなー。

ジョバーグビアー

ビールを飲む時は昔伝統的な?飲み方があって、まず女性がひざまづいてビールを一口飲んでから男性に渡す。これは所謂「毒味」のため。毒が入っていないか確認してから渡すためだけど、そんなことしないといけないなんて一体どんな時代だったのだろう;しかもそれを女性にさせるというのが何ともやるせない。
ともあれカップは数個しか無かったので、ツアー客みんなで回し飲み!さすがに私もちょっと抵抗あってゴクゴクとは飲めませんでした。美味しくもないしw

 
ご飯を終えて外に出ると、民族衣装を身に纏った人達がダンスを披露してくれました!

アフリカンダンス

これがまた意外に見応えがあって良かったです♪
太鼓などの楽器はなく、手拍子と体を叩いたりする音でリズムをつくり、アフリカ~ンな独特な歌。男性も女性も結構本気でやっているのでつい見入ってしまいました。

アフリカンダンス

女性がセクシ~。
ついチップも弾みがちw

 

最後にバスが向かったのは、、、

サッカーシティスタジアム

 
「サッカーシティスタジアム」

サッカーシティスタジアム

2010年に開催されたワールドカップのメインスタジアム。

サッカーシティスタジアム

ガイドさんがスタジアムのモザイクの色がビールみたいと言っていましたが、私には「白人も黒人も混じり合った色」に見えました。そういう希望もきっとあるんじゃないかなぁ・・・。

 
「Soweto(ソウェト)」の地名の由来は、”South Western Townships”(南西居住地区)の短縮形。
ですが、地元の人は“So Where To”と呼びます。

「それで、どこへ・・・?」

アパルトヘイトによるアフリカ系住民の迫害を象徴する町。
ですが、実際行く前とは随分印象は変わりました。
ツアー前は物凄いスラムがあり、人々の目つきもギラギラしているんじゃ・・・何て思っていましたが、いざ行くとみんな笑顔。確かにツアーで訪れる場所なんて十分安全な所でしょうが、それ以上に町の雰囲気も悪くは無かったので、やっぱりソウェトのゲストハウスに泊まれば良かったと少し後悔しました。
現在はソウェトの町を自転車などで巡るツアーなんかもあるようです。
とにかくやっぱりソウェトには行って良かったと思います。

あと、そういう貧困街を見世物みたいにして観光するのってどうなの?とも少し思っていたのですが、ガイドさんも言っていたけど、大事なのは「歴史や現実を知ること」。実際そういう場所に訪れることによって、歴史を繰り返さないように、未だに困っている人がいるのだということを知ってほしい、と言われました。
行こうか迷っている方がいれば、是非そういう気持ちで訪れてほしいです。

 
ソウェトツアーの参加方法

私は宿泊したゲストハウスで予約しました。
宿の詳しい情報は前回の記事参照。

Curiocity Joburg(キュリオシティージョバーグ)

 
こちらのサイトの左上タブから「EXPERIENCES」を選択すると出てきます。

「SOWETO TOUR」
毎週月曜・水曜・金曜
半日ツアー(10:00~15:00)500ランド(約4,000円)
一日ツアー(10:00~17:00)650ランド(約5,200円)
※どちらも昼食付き。一日ツアーはアパルトヘイト博物館も含まれますが、入場料も入っているのかは要確認。(入場料85ランド)

私がツアーに参加したのは2017年10月。当時半日ツアーが350ランド(約2,800円)でした。この数年でかなり値上がりしてることに驚きました。なので、ツアーで行くなら早いにこしたことはないでしょう;
このゲストハウスは色んなツアーが沢山あるし、スタッフもフレンドリー、周辺の治安も良いのでヨハネスブルグでの宿泊には非常におすすめの宿です♪

 
さて、次回はいよいよヨハネスブルグの観光なのです!(∩´∀`)∩
あんな危険な町どうやって観光するの!?と思うでしょうが、安全に観光する方法は意外と沢山あるんですよ~。

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この記事を書いた人:SHIHO

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